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普通

本日、とある大通りで視覚障害者の方がいて横断歩道を渡れずにいたから手を引いた。

その人、ものすごく頭を下げてお礼を言っていた。

 

そのあと人も多くて

歩きにくいはずの大通りを行ったり来たりしてて、

 

気になってもう一度声をかけたらどうやら目的地に着けないらしく

方向が分からなくなって行ったり来たりしてたらしい。

 

なので、目的地のコンビニまで手を引いてその人が買いたい物を

一緒に探してレジでお金も精算したんだけど

 

その人、

 

 

私に「ありがとう」よりも

「迷惑をかけてごめんなさい」って言ったんだ。

 

この瞬間この人がされてきたことを感じたこと

想像できた。

 

とても悲しくなった。

 

その人は言った。

「私みたいな障害者を気持ち悪いとか迷惑とか普通に人たちはそう思うし、

助けを求めたら怒鳴られたりするのも普通だったから、、、」

 

 

その人の言う

《普通の人たち》はあまりにも

 

《普通》じゃなかった。

 

普通ってそうじゃないと思う。

 

普通がそうであってはならないと思う。

 

目の見えない人の手を引いてやることが

《普通》でなくちゃならない。

 

 

、、、、、本来ならば。

 

ねぇ、みんな普通を普通にしてあげようよ

 

点字ブロックの切れ目は健常者の少しの勇気と優しさ

で繋がるんだ。

 

そして

 

その人は

スクランブル交差点のコンビニで

お別れを言ったのだけど

 

気になって見てたらやっぱり

スクランブル交差点を渡ろうとしていて

 

だけど

 

周りの人はその人を無視して歩いていく

ひどい人はぶつかったり

点字ブロックを、またがって歩いてたりした。

 

その人のプライドとかもあるのだろうけど

危ないしまた戻って一緒にスクランブル交差点を渡った。

 

斜めに歩くスクランブル交差点が

いかに障害者に冷たいかよくわかった。

 

その人は、スクランブル交差点を斜めに渡ってすぐのコンビニに

行くはずが斜めに渡りきれなくてずっと何時間も通りを

行ったり来たりしていたのがわかって

 

 

本当に切なかった。

 

その人がまた謝ったから

 

「迷惑かけてごめんなさいじゃなくてせめてありがとう」

って言ってください。

 

といった。

 

この人が誰にも謝ることなく生きれる世の中になってほしい

と感じた。

 

できれば、

 

杖を持っている手と反対の手を自らの腕につかませて

先導してあげてください。

 

段差が10歩前から

段差を教えてあげてください。

 

彼らは何も見えないのだから、

 

でもきっと

健常者よりも人の冷たさを冷たく感じ

暖かさを熱く感じている。

 

長々とした文章だけど

どうしてもみんなに何か想って欲しかったし

行動するきっかっけになればと。

 

あなたはどう感じますか?

またどうすべきですか?

同じ人間です。